◆…お茶の京都博は、10日に最後のイベント「テイクオフパーティー」を行った。これで、1年間に渡り府南部各地で繰り広げてきた「お茶の京都」関連のイベントは一段落した。思い返せば1年前、季節外れの寒い日だった4月1日に、八幡市の淀川河川公園背割堤でオープニングイベントの式典があった。つぼみしかない桜並木に沿い、取材のため背割提の奥へ奥へと進んでいった。花見客はおろか観光客の姿もまばら。吹き付ける風は冷たく「本当に式典なんてあるのか」と一抹の不安を覚えながら歩いていた。堤のいちばん先端にたどり着き、ブースや人だかりを目にした時の安堵感は今でもよく覚えている。
◆…山田啓二知事の肝いりでスタートした「もうひとつの京都、行こう。」キャンペーン。府内を3エリアに分けそれぞれ「海」「森」「お茶」をテーマにし、古都(京都市内)だけではない京都の魅力を発信していこうと2014年にスタートした。その中でも「お茶の京都博」は最後に残されたトリ。この1年間、茶をテーマに各地でさまざまな取り組みがなされてきた。
◆…お茶の京都博イベントの取材をいくつかしたが、この地域が素晴らしい茶の産地であることを、身をもって知った。住宅地や幹線道路に面し急に現れる茶畑、いくつもある複雑な茶の種類。思い描いていた茶のイメージとは似つかない場面もあったが、目の前に運ばれてきた緑の飲み物を口に含んだ瞬間の驚き、得も言われぬ至福の1杯…。「新たな京都の魅力」を発見した1年。この仕事をしなければ知り得なかっただろう。
◆…しかし、本当に「茶の魅力」は発信されたのだろうか。私事だが、京都府民歴は1年ちょっと。それまでは実家のある中部地方で暮らしていた。以前の私の感覚では、京都は「茶文化が根付いた地」というイメージで、茶の生産地と認識した事はない。「茶=静岡」だ。認知度が低い状態で、取材というかなり密な関りをしたからこそ魅力を感じられたが、市井の人たち、とりわけ地元民や府外の人の認識はどこまで高まったのか疑問が残る。
◆…いくつかエピソードがある。ひとつは、宇治茶の茶葉を買い帰省した時のこと。購入した茶問屋でおいしい淹れ方も伝授いただき、実家に帰ってからそれにのっとり茶を淹れた。とても喜んでくれたが「京都にこんなにおいしいお茶があるなんて知らなかった」「どこで作ってるの?しろ…。何て読むの?」答えは城陽(じょうよう)。もうひとつは、地元の友人との会話。近くにある観光名所はと聞かれ「平等院」と答えると「へー。京都市内のどの辺なの?」有名な観光地はすべて京都市内にあるというのが、観光する側の認識。極めつけは、取材先でのひとコマ。住民とのたわいない会話の中で「お茶の京都博で色々イベントしてるんですよ」と伝えると、「そういえば、緑の旗立てて何かやってるね。『お茶の京都』って言うの?」。
◆…カネも時間も人力も、あらゆるパワーを総動員してこなしてきたお茶の京都博。表面的な実績だけならいくらでも評価できるだろうが、本質的な部分の浸透度はまだまだ怪しい。話を1年前の4月1日に戻す。山田知事は開幕式典で、桜のつぼみを引き合いに「『お茶の京都』の花も満開にしよう」と呼びかけた。1年経ち、果たして何分咲きになったのか。近隣の他府県には色付いただろうか。
◆…一連のイベントは、決して「身内だけの自己満足」で終わってはいけない。いい意味でとらえるなら、山城12市町村はこの1年を通し、さまざまな場面での「京都市内一極集中」というマンネリを打破するきっかけ作りを与えられたのではないだろうか。これを契機にこの地域の魅力を、住民や行政、地域が、いかに発信し続けられるかが問われる。【盛川振一郎】