きょう閉店の日を迎えたオーレまるやま(旧・丸山百貨店)

宇治市西小倉地域の近鉄小倉駅周辺で大型スーパーの地殻変動が起きている。長年地域に愛されてきたレインボー小倉内にあった「近商ストア」は8月に、当初は丸山百貨店の名で親しまれた「オーレまるやま」は、きょう3日に閉店。病院跡地に新たなスーパーが進出し、主婦層を呼び込むも、地元密着の店に通っていた高齢者たちの中には足を延ばすことができない人も少なくない。

■新店進出の一方、買い物難民…
「オーレまるやま」きょう終幕

 1964(昭和39)年、天ケ瀬ダム竣工と軌を一にして宅地開発が進んだ宇治市内では、急激な人口増加に伴い70年代に入ると商店が数多く進出。大資本によるスーパーの全国的展開が波及し、75(昭和50)年3月に市内初の大型スーパー「西友ストア関西」が小倉駅前デパートビル(近鉄小倉駅西口)に開店した。
翌年、現在のレインボー小倉(近鉄小倉駅東口、当初は三津富小倉ビル)=小倉町神楽田=に西友が移転し、駅西口ビルに平和堂が参入。界隈のスーパー全盛期が続くも、やがて平和堂が撤退し、駅西口ビルは現在もその形を残したまま廃墟と化している。

昭和49年当時の丸山百貨店(市歴史資料館提供)

一方、オーレまるやま(旧・丸山百貨店)=小倉町西浦=はきょう3日、44年の歴史にピリオドを打つ。巨椋池干拓田に徐々に住宅が立ち並び、以後暮らし始めた西小倉地域の住民にとって生活と切り離せない存在だった。
周辺では、昨年11月にマツヤスーパー伊勢田店=伊勢田町中ノ田=(近鉄小倉駅から約1㌔)、この8月には宇治徳洲会病院跡地にスーパーマツモト宇治小倉店=小倉町春日森=(同約500㍍)が開店。主婦層をはじめとする住民の話題の的となり、徒歩以外にも車を使った買い物客でにぎわいを見せる。
ほぼ毎夕、オーレで買い物をしていたという岡本真紀代さん(63)=小倉町蓮池=は「馴染みある店がなくなるのはかなん。マツモトは徒歩圏内で、近商がなくなったのも大きい。堀池や南堀池の知り合いは困ったはる」と、足腰がおぼつかない高齢者の〝買い物難民〟化を危惧。定廣範子さん(44)=宇治半白=は「買いなれた場所がなくなって不便。でも、新しいスーパーは品ぞろえが豊富。お店も広いし、使えそう」と期待感を伝える。

■両店跡地は白紙

オーレまるやまの閉店は1日の市議会9月定例会一般質問でも取り上げられた。
浅井厚徳議員(無)が「行政はどのように把握しているのか?」とたずね、木下都市整備部長が「店舗の貼り紙で知った。(閉店後、)商店になるのか、新たな土地利用をするのか、土地所有者や事業者から市に相談はない」と答えた。
また、宇治商工会議所商工課は、「会員ではなく、現時点で閉店後の動向をつかめない」という。

近鉄駅東口にあるレインボー小倉

レインボー小倉では、近商閉店後に残るテナントが営業を続けているが、降りたままのシャッターや、店舗が撤退した空きスペースが目立つ。
市も商議所も、レインボー小倉の今後の動向について、何も情報を持っていない。
気になるのは、耐震診断で課題が残っていることだ。市は昨年3月、法に基づき、「要緊急安全確認大規模建築物」の耐震診断結果を公表。この時、レインボー小倉から診断結果報告がなかったため、今年5月16日までに報告するよう命じている。市建築指導課によると、期限から4カ月以上経つ今も、報告はないといい、同課は「今後の建物の使途が定まっていない。どう使われるかを見守る中で(報告がない点の)処分を検討したい」としている。また、処分がどのようなものになるかも現時点では未定という。