【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】

はじめに

当時「日本動物植物専門学院」で教鞭を執られていた中川宗孝先生に弟子入りが叶い、鳥類研究に携わって四半世紀を迎えようとしています。環境省の鳥類標識調査員・バンダーの資格を修得し、日本鳥類標識協会と日本鳥学会での研究発表も30題を数え、これらの成果のいくつかは当洛南タイムス紙上でもご紹介いただき、良い記念となっています。
島根県の野鳥観察施設の研究員や、姫路市にも日本野鳥の会のレンジャーとして赴任していましたが、DNAの解析など、より専門的な知識と技術を得るために京都工芸繊維大学で学び、大学院は兵庫県立大学で学位を修得することができました。多忙を極めた近年は中川先生のフィールド調査や自然観察会のお手伝いも十分にはできませんでしたが、今にして、木津川での天然記念物の淡水魚・イタセンパラの調査にスッポン漁、京都市の天然記念物・ミナミイシガメの生息調査や宇治田原町・南山城村での広い分野の希少生物たちの数々の発見に立ちあえた幸運に感謝しています。
かねてより中川宗孝先生から、当紙面での自身の「ナチュラリストのフィールド日記」では、啓蒙活動とフィールド調査の報告だけでもいっぱいいっぱいで、生態的記録としての生物たちの歴史や郷土色にこだわった資料記事が理学博士となった私に求められていました。数多くの課題を抱えるフィールド探査に奔走され、連載の執筆も滞りがちという師匠の紙面をお借りして、郷土の生き物たちとその生息地である自然環境の保全につながる資料記事で貢献できることは何よりです。
身近な鳥にも、多くの謎と不思議があります。今回、1990年の日本鳥学会大会以来今日まで、様々な研究成果を発表してきた南山城地方を代表する野鳥・ケリのお話にお付き合い下さい。

 

ケリという鳥をご存知でしょうか。「キリリ」と聞こえる鋭い鳴き声からこの名前がついたと言われていますが、漢字では「計里」と書くこともあり、里地の環境の良し悪しをはかる鳥とも言えそうです。
日本最大のチドリ科の鳥で大きさはハトくらいあり、背中は薄い黄土色、頭は灰色、お腹は白色、胸に太めの黒い帯が入っています。何とも地味な配色ですが、顔をよく見ると、眼は赤く、嘴は黄色と、しゃれた配色にも見えなくはないです。また、長く伸びた黄色い脚はスタイルも良く羨ましくもありますが、それ以上に鳴き声が騒がしく、近い仲間のタゲリに比べると品格に欠ける気もします。残念ながら地味で不細工な鳥との印象を持ってしまいます。
京都市・宇治市・久御山町にまたがる巨椋池干拓地は、ケリの生息地として有名な地です。水田を主な生息場所にしている鳥で「田んぼがあればケリぐらいいるでしょう」と、これまでごく普通に生息している鳥として扱われてきた感があります。ところが、いつの間にか環境省レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に「情報不足」として記載され、現在の分布や個体数が分かっていないまま減少している可能性がある鳥として、その実態解明が急がれる存在になりました。それにもかかわらず、バードウォッチャーからも研究者からも決して人気がある鳥とは言えず、身近な鳥でありながら詳しい生態が分かっていません。
さて、中川宗孝先生に出会ってから、いつの間にかケリの生態を研究するようになった私。「せっかくなら、もっときれいでカッコいい鳥を観察したいな」と考えたこともありますが、不思議な縁があってこの不細工なケリと付き合うことになりました。とは言え、じっくり観察してみると、なかなか興味深い生態が垣間見られ、少しずつこの鳥に魅了される自分がいました。
ここでは、これまでのケリの生態研究から明らかになったことや、ケリを取り巻く環境について、エピソードを交えて紹介したいと思います。ケリファンが増えることを期待しつつ、ケリ三昧の話題にぜひお付き合いいただけると幸いです。

◆中川先生との出会い

昨年12月に龍谷大学で開催された日本鳥学会近畿地区懇談会で撮影。左から中川宗孝先生、筆者、上野きよ子さん。上野さんも中川先生の相棒として長年ケリ調査に同行されています。

灰色の頭と黄土色の背中のケリは、田んぼに立つと、背景と見分けが難しくなる見事な保護色になっています。左脚に個体識別用の色足環がついている個体。

「この鳥の声なんや?」
今から約20年前に、福井県の環境省・織田山鳥類観測ステーションへ鳥類標識調査の研修にうかがったときのこと。突然、中川宗孝先生から私にこんな質問が投げかけられました。
「チー チュイチュイ チョチョピー チュイ」と早口でさえずる鳥の声。すぐそばの樹上から聞こえてきますが、私にはその声の主が何なのかが分からず、だんまり。その姿に呆れた顔の中川先生。声の主は誰もが知っている「メジロ」でした。
野生動物のことを勉強したい。できれば鳥の生態を学びたい。鳥に興味はあるけど、何をどうやって始めればよいか分からなかった私。兵庫県明石市の田舎の高校を卒業後、当時、京都市にあった日本動物植物専門学院・野生動物学科に入学しました。中川先生はこの専門学校で鳥類調査や自然観察を指導する講師を務めておられ、先生とはこの学校で初めてお会いすることになりました。
入学して1年が過ぎた頃、中川先生に直接「鳥の勉強がしたいです」と申し出て弟子入りし、授業以外の時間にも中川先生から指導いただけることになりました。全くの初心者の私に対し、中川先生は持ち前のユーモラスな表情とパフォーマンスを交えた手法で、鳥の探し方や識別の方法を丁寧にお教えくださいました。
鳥類標識調査(バンディングとも呼ばれます)にも初めて出会いました。鳥類標識調査とは、環境省が実施する渡り鳥調査のことで、鳥を安全に捕まえてナンバーの刻まれた金属足環を装着して放鳥するというものです。そして、この鳥が再びどこかで捕獲されれば、移動経路や寿命などが少しずつ解明されるという根気のいる調査です。許可を得たボランティア調査員(バンダーとも呼ばれます)が、主にカスミ網というバレーボールのネットのような道具を使って鳥を捕獲し、鳥の名前・年齢・性別等を記録して、放鳥します。中川先生も熱心なバンダーのおひとりで、京都府南部を中心に様々な鳥の生息状況についてデータを収集されておりましたが、なかでもコミミズクという草原にすむフクロウの研究者として知られていました。
先に紹介した織田山鳥類観測ステーションは、千葉県にある山階(やましな)鳥類研究所が長年調査をしている場所で、秋に日本海側を渡ってゆく鳥の種類や個体数を長期的にモニタリングしています。ステーションの森林内に設置されたカスミ網に、吸い込まれるように鳥が捕獲される様子をみて、鳥がこんなにたくさんいるのかと驚くとともに、「鳥が渡る」という姿を間近に見ることができ、感激したことを覚えています。
中川先生がよく同行させてくださったフィールドのひとつが巨椋池干拓です。どこまでも広がる水田の上空を、オオタカ・チュウヒ・ノスリ・ハヤブサ・コミミズクといった猛禽類が飛び交い、ときには国際希少種であるコアジサシが営巣するなど、まさに野鳥の宝庫の名にふさわしい、素晴らしい光景が広がっていました。
そんな多種類の鳥がいる巨椋池干拓の中で、当時の中川先生が注目していたのがケリでした。「どうしてこんな地味な鳥が好きなのだろう」と当時の私は疑問に思ったもの。しかしこのケリを通して、初心者だった私が少しずつ鳥の魅力にはまっていくのでした。(つづく)