【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】

◆巨椋池から巨椋池干拓へ

ケリが空を飛ぶと翼の白と黒の配色が映えてよく目立ちます。「田んぼにカモメが飛んでいる」と間違われることがあるのも分かります。

皆さんご存じの通り、干拓前の巨椋池は宇治川と桂川につながった広大な湿地が存在していました。豊富な淡水魚が生息していたことから漁業も盛んで、また冬には多くの水鳥が渡来し、カモ猟も行われていました。その他、着物姿の女性が生け花用のハスの花を採取する光景もあったそうで、自然に恵まれた当時の様子を想像するだけでもワクワクしてしまいます。
明治に入り、巨椋池では大規模な水害が頻発するようになり、宇治川の改修工事が緊急の課題となりました。この工事が完成した明治39年、巨椋池は宇治川と木津川から完全に分離された湖となりました。ところが、新たな厄災が訪れます。独立した巨椋池に農業排水や生活排水が流れ込み水質が悪化。蚊の大量発生を招きマラリアが流行していまいます。さらに排水性の悪くなった巨椋池は度重なる水害にも見舞われるようになりました。
こうした流れのなかで、漁業から農業への転換しよう、との機運が地域住民から寄せられるようになり、湿地を干拓して農地を広げる計画が立ち上がります。そして昭和8年に干拓事業に着工、昭和16年に干拓工事が完成に至りました。こうして大湿地だった巨椋池は、広大な水田地帯へと姿を大きく変えたのでした。

◆巨椋にケリがやってきた

ケリに近い仲間のタゲリ。ケリは一年中見られる留鳥ですが、タゲリは晩秋から早春にしか見られない冬鳥。光沢のある深緑色の背中の色が美しく、どことなく気品のある鳥です。

京都市・宇治市・城陽市・京田辺市の少し広めの水田ならば、ケリを見ることは難しいことではありません。全国的にも京都府南部はケリが多数生息する地域とされています。
ケリの背中は黄土色の地味な羽色のため、水田に佇んでいるときは見事にカモフラージュされ、存在に気づかないこともあります。ところがケリが空に飛び立つと、翼の白と黒の羽色が映え、大変よく目立ちます。ときどき水田をカモメが飛んでいる、と間違えられることもあるくらいです。また、ヒナを育てる春から夏にかけては、警戒心の強い親鳥が「キーキーキー」という高い声で鳴き、ヒナに危険を知らせることがよくあります。この声がよく響くため、ケリを発見するのに大変役に立ちます。
このように紹介すると、ケリはずっと昔から京都では普通に見られる鳥だと思うかもしれませんが、意外にも京都でケリが見られるようになったのは戦後のことです。それまで日本でのケリの分布は、東北地方や北関東地方の一部に限られていました。ところが、戦後の昭和20年代になってから、巨椋池干拓で初めてケリが確認されるようになったと言われています。つまり干拓前の大湿地から干拓後の広大な水田に変化したことで、ケリにとって魅力的な生息場所が誕生したと言えるでしょう。干拓後の巨椋を新天地としてやってきたケリは、意外にも京都では新参者の鳥なのです。それがやがて京都を代表する鳥として定着するのでした。
現在でもケリの生息する分布地は多くなく、世界的にみると日本と中国南西部の一部に限られています。また国内では主に東北・北関東・東海・北陸・近畿地方の一部に局所的に分布しているだけです。

◆ケリの生態研究がスタート

「野生の鳥を研究するなら、繁殖生態を研究する方がインパクトはあるな」。中川先生はそう言い「まずは雄と雌をどこで見分けるかを調べないとダメだな」と続けました。
鳥の中には雌雄を外見で見分けられる種類とそうでない種類がいます。雌雄がわかる鳥として、例えばオオルリ・キビタキ・オシドリなどがいます。基本的には雄の方が派手で美しい羽をもっています。反対に雌雄がわからないのが、スズメ・ハシブトガラス・トビなど。案外、身近な鳥ほど雌雄の判別が難しいのかもしれません。
では、ケリはどうでしょうか。何冊か野鳥図鑑のケリのページを捲ってみると、どれもケリは雌雄同色と書かれているだけで、具体的な識別方法を知ることはできません。唯一、原色日本鳥類図鑑(小林佳助著)にあったのが、「ケリの雄の翼角の曲がった、とげ状の突起は顕著」との一文。「これは試す価値があるな」と目をぎらつかせる中川先生と私。これを確かめるべく、早速、ケリの親鳥を標識調査により捕獲して、翼にあるという、とげ状の突起をチェックしました。
「なるほど、これか」
こうしてケリの生態研究が本格的に始まりました。(つづく)