新たに見つかった角度が異なる掘立柱建物の跡

城陽市富野中ノ芝の芝山遺跡から奈良時代の掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)跡9棟が出土し、京都府埋蔵文化財調査研究センターが28日、調査結果を発表した。当初はほぼ南北方向に建てられていた建物の方向が、建て替えのたびに徐々に西に傾き、平城京から北陸に向かう官道「北陸道」らしき道路跡に平行する形に移り変わっていた。同遺跡の集落規模を推定する材料となる発見という。

新名神高速道路の建設工事に伴い、昨年9月から府道山城総合運動公園・城陽線の東側2カ所、計約3750平方㍍を調査していた。
検出された9棟の掘立柱建物跡は、建てられた年代順に▼ほぼ南北方向が3棟▼主軸が北から西に約10度傾いたもの4棟▼さらに約10度傾いたもの2棟の3つに大別された。
触れ角が最大で、もっとも新しかった2棟の内訳は住居と倉庫が各1棟。北陸道と推定される道路状の遺構に平行する形で建てられており、住居跡から8世紀中ごろの土器片が出土した。
このほか今回の調査で芝山遺跡では初めて、丘陵地を人為的に造成した明らかな跡も確認された。
同センターは「奈良時代の建物が、時期が下がるにつれて道路状遺構や地形に規制された配置へと変遷していくことが分かる。この遺跡の建物群の性格を考える上で重要な知見」としている。
同遺跡は城陽市の東部丘陵地の西端に位置。東西約950㍍、南北約840㍍。今回調査地の北には、主要諸道に設けられた役所「駅家(うまや)」と推定される建物跡などがこれまでに見つかっている。上原真人・京都大学名誉教授(考古学)は「今までの成果を踏まえ、北の役所的なものの広がりを考えるヒントになる」と指摘。建物が道に沿った形になった理由について、利便性を考慮したためとみる。
現地説明会は12月1日(土)午前10時から。小雨決行。駐車場は近くの木津川運動公園。問い合わせは現地事務所℡080‐4854‐9095まで。