【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】

◆フィールドサインってなんだろう
猛暑の続いた夏が嘘のよう、季節は足早に変化し、野山の紅葉が美しい季節を迎えました。久しぶりに京都市の大文字山を散策すると、山並みの木々が織りなす赤と黄色と緑の絶妙な配色に見とれてしまいます。アオジやジョウビタキなどの冬鳥の代表選手も到来。自然散策がいっそう楽しくなりますね。
言わずもがな私はバードウォッチングが大好きです。もちろん私だけではなく、野鳥観察を趣味や生きがいにしている人がどれほどたくさんいることか。野鳥ファンが多いのは、美しくかわいらしい野鳥の姿を直接見ることができることが大きいと思います。一方、子供たちの興味はセミ・トンボ・チョウなどの昆虫や、ドジョウ・メダカなどの魚類に向けられます。中川宗孝先生がリーダーを務める自然観察会では、例えバードウォッチングが目的であっても、捕まえることのできる昆虫や魚、ときにはカメ・ヘビに主役を奪われることがそれを物語っています。
では、哺乳類はどうでしょうか。犬や猫が大好きという方は多いと思いますが、野生の哺乳類となると夜行性の種が多いことから直接の観察が難しく、つい敬遠しがちになりますね。そんな観察の難しい哺乳類を楽しむ方法として「フィールドサインの観察」をおすすめします。フィールドサインとは、足跡・フン・食べ跡・角や爪の研ぎ跡といった動物たちの生活の痕跡のことを言います。例えば、雪の積もった林道に残るウサギの足跡は想像しやすいですよね。こうした動物の痕跡を確認して生息種を記録していくことで、その地域の動物相を明らかにすることができます。そのように言うと何だか肩に力が入ってしまいますが、フィールドサインを見つけたときに、その痕跡を残した動物や野鳥の姿を想像したり、行動を推理したりすることで、自然散策の楽しさが何倍にも膨らむと思います。
最近、私が見かけたフィールドサインについて、いくつかご紹介しましょう。

 

◆アカネズミの食べ跡

アカネズミはドングリ・クリ・クルミなどの堅果(けんか)類が大好物。堅果類とは、堅く乾燥し、熟しても裂けて開かない果実のことを言います。ネズミの門歯(前歯のうち真ん中にある歯)は一生伸び続けるので、いつも何かをかじっています。この堅牢な歯があれば堅果類を割るなどお茶の子さいさいです。
林道の脇のコンクリートブロックの上で見つけたのは、バラバラになったドングリの破片です(写真①)。ドングリの食べ跡をじっくり観察すると、殻や実には歯でかじった跡が残され、ところどころ細かく削られていました。おそらくドングリを割ったのは森林に生息するアカネズミでしょう。それにしても、せっかく割ったドングリをどうして全部食べなかったのでしょうか。気になって調べたところ、アカネズミはドングリを選んで食べているらしく、大きくてタンニン(強い渋み)が少ないドングリほど食べられやすいという研究報告がありました(森林総合研究所のホームページより)。
写真①のドングリにはタンニンが多く、アカネズミは味見だけしてポイッと捨てたのかもしれません。そんなアカネズミの姿を想像するだけでも微笑ましいもの。
アカネズミはこれからドングリをせっせと集めて、土の中や落ち葉の下に隠します。エサの少ない冬季に隠したドングリを食べて、厳しい季節をやり過ごします。けれどその中には食べ残されるドングリもあり、これが運よく芽生えれば、やがて大量のドングリを実らせるまでに成長するかもしれません。ドングリも食べられっぱなしではなく、うまく動物を利用しているのですね。

◆モグラのトンネル

京都府に生息するモグラ科の仲間には、ヒミズ・アズマモグラ・コウベモグラの3種が知られています。その内アズマモグラは、それまで美山町での記録があるだけでしたが、宇治田原町に於いての野生生物生息環境調査の折に中川宗孝先生と共に発見した記録が、2006年度発行の「宇治田原町レッドデータブック」に記載されています。山城地方での実態はよく分かっていないアズマモグラの追認記録がもとめられています。
モグラは、農耕地や草原、用水路の土手、川岸など土壌の柔らかな場所を好んで生息していますが、モグラたたきゲームでもご存知のとおり、地下に長いトンネルを掘って地下生活をしています。エサはミミズや昆虫が主ですが、ときには冬眠中のカエルを食べることもあります(地中で冬眠するカエルも気が落ち着きませんね)。半日絶食すると餓死するそうで、昼も夜も関係なくエサ探しに大忙しです。
地下生活のモグラの姿を見ることは難しいですが、塚やトンネルの痕跡を見ることは少なくありません。地表近くに掘ったトンネルでは、天井が崩れて地表にぽっかり穴の開いた状態で露出することもあります。このトンネルの穴の断面の大きさからモグラの種名を推測できるらしく、断面の直径が30mmより大きければモグラ(アズマモグラかコウベモグラ)、それより小さければヒミズの可能性が高いそうです。写真②のトンネルの穴の断面は直径約20mmなので、ヒミズと断定できそうです。モグラと思われるトンネルを見つけたら、ぜひトンネルの穴の大きさをチェックしましょう。

◆アライグマとハクビシンの足跡

水を抜いた水路や田んぼには泥がたまっています。こうした場所はフィールドサインを見つけるのに絶好のポイントです。何気なくのぞいた水路の底には写真③の足跡が残されていました。写真の主が誰なのか、ちょっと自信がなかったので、日本動物植物専門学院在学時の恩師である川道美枝子先生(関西野生生物研究所代表)にお教えいただきました。答えはアライグマとハクビシン。アライグマは人間の手のひらのように長い指がしっかりとつくのに対し、ハクビシンは厚みのある肉球と短い指が特徴です。水路の中にはサワガニやアメリカザリガニなどの甲殻類がいたので、これを食べようと走り回っていたのでしょうか。
さて、アライグマもハクビシンも元々は日本に生息していなかった外来生物です。アライグマは特定外来生物に指定され、生態系や人の生活、農林水産業に被害を及ぼすとして問題視されています。一方、ハクビシンに関しては「移入時期がはっきりとしない」として、明治以降に移入した動植物を対象とする特定外来生物には指定されていません。それでも農作物被害や人家の屋根裏への侵入などで被害が出ているようです。外来生物問題については別の機会で紹介したいと思います。

◆トラツグミの羽

シカやイノシシなどが畑や田んぼに侵入しないように設置された金属製のフェンス。そのフェンスをよく見ると、数枚の鳥の羽が付着していました(写真④)。足跡から哺乳類の種名を決めるのは自信がありませんが、鳥の羽なら大丈夫。羽の主は京都府レッドリストの準絶滅危惧種・トラツグミです(写真⑤)。恐らく脇腹あたりの羽だと思います。
それにしても、なぜフェンスにトラツグミの羽がついていたのでしょうか。よほど慌てて飛んだのでしょう。足元に目を向けると、同一個体と思われるトラツグミの胸や腹の羽毛が散乱していました。なるほど、オオタカかハイタカにでも襲われて、慌てふためいて逃げ出し、フェンスに衝突したのか。そんな姿が目に浮かびます。どうやらこのフェンスの前で、鳥同士の「食う・食われる」のドラマがあったことは間違いなさそうです。

《参考文献》
安間繁樹(1985)アニマル・ウォッチング―日本の野生動物.晶文社.
川道美枝子・三宅慶一・加藤卓也・山本憲一・八尋由佳・川道武男(2015)京都市内でのハクビシンの社寺等への出没動向.京都歴史災害研究16号.