【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】

◆ケリの繁殖期

春の到来は、私たち鳥類研究者の多忙な日々のはじまりを意味します。いよいよ訪れた鳥の繁殖期。まだビギナーだった頃、「鳥の研究をするのなら繁殖生態を調べるのが面白い」と中川宗孝先生から学んだことが頭に浮かびます。
調査地としている巨椋池干拓地で、ケリの成鳥28個体に色足環を装着したのはもう12年も前のこと。すでに死亡したのか、それとも他の地域へ移動したのかは分かりませんが、調査地でこれらの標識個体を観察することが難しくなってきました。とは言え、この28個体を8年間にわたって調査し、そして世界で初めて個体識別をしたケリで繁殖生態の研究をおこなったことが学術的にも評価され、長年の夢だった博士号を兵庫県立大学からいただくことができたのですから、感慨深いものです。
巨椋池干拓地ではごく当たり前にみられる鳥であったケリも、現在では個体数の減少が著しくなっています。最新の環境省レッドリストには、ケリは「情報不足」として掲載されていることからも分かるとおり、ケリの国内での分布状況や個体数はほとんど分かっていないのが現状です。日本鳥学会に属するほとんどの研究者もケリに注目することなく、日本野鳥の会や鳥類保護連盟の会員のバードウォッチャーもさほど興味のない鳥として、きちんとした調査記録を残してはいません。このままでは、誰もが気づかないうちにひっそりと絶滅してしまう可能性だって否定できません。
こうした背景を踏まえて、私たちのケリの調査・研究は次のステップへと進みます。もちろん絶滅の危機にあるケリの生態研究は重要ですが、さらに農業とケリの共存を見据えた研究も必要だと考えるようになってきました。さらに「ケリを久御山町の鳥に指定したい」と意気込んで様々な啓蒙活動をされている「ケリ見守り隊」の方々にも、活動のサポートができる有益な研究資料を提供できればと考えています。鳥類学者の自己本意の研究から、ケリの研究成果をもっと社会貢献につなげられるようベストを尽くすことが次のステップです。ケリが減少傾向にあることは確かですが、ほかの地域に比べればまだ巨椋池干拓地はケリの生息密度は高く、この調査地での課題は山積しています。
さて、4月6・7日の2日間、中川宗孝先生、竹内康先生、岡井昭憲先生、そして私の4人で巨椋池干拓地とその周辺で今年もケリの繁殖調査を実施しました(写真①②)。今シーズンは、ケリの成鳥を安全に捕獲して、写真③のように個体識別ができるよう色足環をつけ、その後の研究に活かす計画です。調査の様子をご紹介しましょう。

◆12年ぶりの再会!

これまでの経験から、巨椋池干拓地のケリの産卵は3月からスタートすることが分かっています。ならば4月初旬の4月6日はかなりの巣が見つかるのではないかと期待し、中川先生の愛車・シルバーのジムニーで調査地を巡回しました。2週間前に下見をしてくださった中川先生の記録では一桁の個体数しか確認されなかったケリですが、この日は約30羽の成鳥を確認。まだ営巣しているペアは少ないことから、まだ繁殖地に戻ってきたばかりといったところでしょうか。今年の繁殖は遅めのスタートの様相です。
調査地でケリを見つけると、その個体に素早く双眼鏡を向け、無意識に両脚をチェックしてしまいます。そして「足環なし」と独り言のようにつぶやきます。こうしてケリを発見するたびに足環をチェックするわけですが、ふと農道際の田んぼで採食しているケリに目を向けると、なんと色足環がついているではありませんか。
「右脚に環境省の金属足環と白1つ、左脚に赤2つ」
つい歓喜の声をあげてしまいます。続けてこのケリの動きを双眼鏡で追うと、採食していた田んぼから農道を挟んで隣接する田んぼへ飛んで移動。その先にはつがい相手が抱卵をしていることに気づきました。
早速、中川先生が考案したケリを安全に捕獲できるオリジナルトラップ・罠を設置し、すんなりと足環つきの相方の捕獲に成功。同じように右脚に環境省の金属足環と白1つ、左脚にオレンジ色2つの色足環を装着することができました(写真④)。
さらに、左脚に赤2つのケリの足環番号を確認するため(環境省の金属足環には番号が刻印されていて、この番号を確認することで、いつ、だれが、どこで放鳥した個体なのかが分かるようになっています)、このケリの捕獲も試みたところ、見事にペアでの捕獲に成功。金属足環の番号を確認すると(写真⑤)、なんと「2007年4月18日」に私と中川先生が放鳥した個体であることが判明。つまり12年間、無事に生存していたということになります。
12年前の足環は泥がこびりついて汚れてはいたものの、難なく番号が読めるほどの状態を保っていました。プラスティック製の色足環も脱色や脱落をすることなく、しっかりと脚についていました。もちろんケリの脚には足環によるすり傷や外傷もなく、元気そのものでした。12年前の調査では捕獲したケリから採血をし、そこから抽出したDNAを解析して性別を決定していましたので、この個体はメスであることが分かっています。
足環の装着と番号の確認が終われば、速やかにケリを放鳥。ケリのペアはすぐに巣へ戻り、何事もなかったかのように抱卵を始めてくれたのでホッとしました。もちろんこれらの調査記録は環境省と山階鳥類研究所に報告し、嬉しいニューレコードに登録です。
「このペアのヒナにも足環をつけないといけないですね」
あと2~3週間ほど抱卵を続ければヒナがかえるはずです。ヒナに足環をつける姿を頭に思い浮かべながら、この場を後にしました。
その後に起こるアクシデントなど知る由もなく…。

◆まさか! トラップが見破られる
中川先生の愛車・ジムニーでのケリ調査は、恐らく今回4月7日が最後。4月中旬から新しい車に乗り換えるとうかがっていて、ハンドルを握る中川先生も愛着のある愛車との別れは寂しいことでしょう。よく働いてくれました。ありがとう。
前日の調査に続いては、巨椋池干拓地とその周辺を巡回する予定でしたが、その前に鳥垣咲子さんが観察されている城陽市のケリを調べることにしました。
このケリ、なんと駐車場に営巣している変わり者。多くのケリが水田や畑などの農地に巣をかまえるのですが、時々、造成地や学校の屋上に巣をつくる親鳥が見られることもあります。その場合でも頻繁に人が立ち入らないところを選んでいるのだと思うのですが、このケリが選択したのは駐車場です。人の立ち入りどころか、車の出入りも頻繁にあります。そのうち巣や卵が人や車に踏みつけられるのではないかと心配になって、鳥垣さんは毎日観察を続けておられます。
この変わり者のケリにも個体識別ができるようにと色足環をつけることにしました。手際よく中川先生考案のトラップを設置し、警戒されないよう車内から親鳥の様子を観察。すると、興味深い行動に目が釘付けとなりました。この親鳥、トラップの仕掛けを嘴にくわえて10㍍ほど離れたところへ飛んで運ぶではありませんか。そうです。ケリはトラップの存在を見破っていたのです。私も中川先生も、もう100羽を超えるケリの成鳥に標識してきましたが、こんな賢いケリを見たのは初めて。一緒にいた岡井先生共々顔を見合わせました。
「すごい、賢いですね」と絶賛する3人でしたが、営巣場所は駐車場。無事にヒナがふ化したとして、そのヒナの餌はありません(ケリの親鳥はヒナに餌を与えないので、ヒナは自分で餌を探します)。周辺は住宅地と水田。親子が安全に水田へ移動できれば大丈夫でしょうが、フェンスやコンクリートブロックに囲まれた駐車場からヒナが歩いて水田へ移動できるかは疑問です。
「このケリ、本当に賢いのですかね?」
親鳥の捕獲を諦め、負け惜しみのようにそんなことを口にしながら苦笑いでトラップを回収しました。賢い親鳥が無事にヒナをふ化させることを願って、あとは鳥垣さんにお任せですね。その後の様子はまた改めて報告します。

◆水田に営巣するケリの受難

ケリは本来、河川の氾濫のあとにできる湿地や草原(いわゆる氾濫原)に巣をかまえる鳥だと考えられています。しかし、水害を防ぐために河川の水際に堤防を設けるなどの護岸工事が進められたことで、氾濫原は消失。そこでケリが新たに見つけたのが水田という営巣環境です。草木が生い茂る場所は苦手で、視界の開けたフラットな場所を好むケリにとって、水田は都合のよい営巣場所。しかも昆虫やミミズなどの餌が豊富とあれば願ったり叶ったりです。…と、全てがうまくいくほど世の中は甘くありません。
水田は米作りの場所ですから、農作業をともなう人の撹乱はケリにとっては予測のできないできごと。とりわけ水田に巣を設けて産卵するケリにとって脅威なのが、水田の土を掘り起こして耕す「耕起」です。運の悪いケリの巣と卵は、トラクターによって破壊されてしまいます。
さて、12年ぶりの再会を果たせたケリのペアの無事を確認しようと、巣のある田んぼに近寄ったところ、恐ろしい光景が目に飛び込んできました。なんと、巣のあった田んぼの8割ほどがトラクターで耕されているのです。しかもまだトラクターは動いていて、巣の位置の数十メートルのところまで迫っています。
「巣と卵が危ない!」
とっさに車から飛び出し、トラクターを運転する農家の方のもとへ駆け寄り、声をかけました(写真⑥)。農家の方はケリのことをよくご存知で、巣を一時的にストックして、耕した後に巣をもとの場所に戻すということで合意してくださいました。中川先生もこれまで同様のケースになんども遭遇しており、この方法でケリが再び巣に戻ることを確認されています。巣と4つの卵を拾い上げ、トラクターが通り過ぎるまで両手の上に一時保管(写真⑦)。耕し終えたところを見計らって、もとの位置に巣をそっと戻しました(写真⑧)。
突然のできごとに、どうすることもできずに、ただその様子を見守るケリのペア。12年ぶりの再会、ペアでの標識となれば、このペアのヒナにも足環をつけることを楽しみにしていました。ここで巣と卵をつぶさせるわけにはいきません。危機一髪!あと数分の寸前のところで巣と卵を救出できたことで、この再会ケリとの不思議な縁を感じました。
翌日、多忙なスケジュールを調整して、中川先生がペアの様子を確認してくださいました。そして送られてきたLINEには「無事に抱卵を続けている!」との朗報に、胸を撫でおろして雛鳥の誕生を待ち望んでいます。

◆ケリは環境指標鳥
ケリのヒナがふ化に至るには、いかにトラクターによる耕起を避けて産卵するかが重要なポイントになります。この産卵と耕起のタイミングがずれると巣と卵は、土と雑草とともに鋤き込まれてしまいます。しかし当然ながら、いつ耕起がなされるのか、ケリには知りようがありません。
調査地で農家の方々にうかがった話では、「田起こしを4月上旬にすることが多いが、人によってしないこともあるかな」とのこと。本格的な耕起はゴールデンウィークに行われます。こうした巨椋池干拓地で起きているケリのノンフィクションをきちんと記録し、農業と鳥が共存できるための情報を発信することを心掛けたいと思います。
ケリは世界的、全国的にみても局所分布をしている郷土の代表種。ケリが繁殖できるということは、その農地には餌となる小動物が豊富であり農薬の影響の少ない優良農地の証と言えます。つまりケリは環境の良し悪しをはかる「環境指標鳥」としての存在です。ケリのたたずむ水田がごくありふれた光景になることを願いつつ、今後も調査研究で得られた成果とトピックスを当紙上で紹介したいと考えていますので、続報にご期待ください。