ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No17
「いや〜、おまえ、日本人ばかりだったよ」  私が13日文化パルク城陽で挑んでいた日本とチュニジアの試合と同じく長居で行われたイングランドとナイジェリアの試合のチケットを二次販売で当てたという先輩に
付いていって、W杯観戦初体験を果たしたKに、日本がチュニジアに勝利を収め、結果グループ1位で決勝トーナメント進出を決めた翌日、ファミ リーレストランで会い、試合の感想を聞いたトコロ、最初に出てきたのがこの科白だった。
「でも、イングランドとナイジェリアのサポーターも多かっただろ」私は98仏大会を観戦した時に目撃した、決勝トーナメント進出を決めたとパリはオペラ座前で“勝利のダンス”を踊っていたナイジェリア人を思い出しながら質問すると「いたよ、イングランドのサポーターはかなりの数がいた。何を言っているのかはさっぱり判らなかったけどな。でもさ、ナイジェリアのサポーターはどうだろう、そんなにいなかったと思うよ。とにかく日本人ばかりだったね〜」と、とにかく日本人の多さが印象に残っていたかのように喋った。
「で、試合はどうだったんだよ。いい席で観戦出来たの」と、色々聞きたい私が尋ねると「あ〜、席はね〜、かなりつらい席だったよ。ほとんどゴール裏。それも、コーナーフラッグの後ろ位でさ、カテゴリーAの席だったんだけどさ、ピッチからも異常に遠くて、選手の顔なんて、ほとんど確認出来なかったよ」と言いながら私に、使い捨てカメラで撮影してきた写真を見せながら言った=写真(原寸大)=。
「コーナーキックを蹴っているのはベッカムだよ」と言うので目を細めてみれば、モヒカン頭とキャプテンマークが確認できた。なるほど、彼の言う通り、コーナーキックを蹴る赤ジャージはベッカムのようだ。
 しかし、ベッカム以外は誰が誰だかまったく判らない写真を見ながら私は「あはは、これは小さいや、ベッカム以外は誰が誰だかなんて、全く判らないな」と、私が韓国で観戦する三位決定戦の席が、カテゴリー@であり、また、あの怪しい業者が言ったから、この時点では完全に信じ切ってはいなかったのだが「スポンサー席であるが故に良い席であろう」と期待していた自分の席と比べて、余りにつらい彼の席を小馬鹿にしたように言った。
そういった言われ方にムッとしたのか、彼は
「お前も行った事あるって言ってたから判ると思うんだけどさ」と切り出し、続けて「写真を見たら判ると思うけどさ、ほら、このスタジアム、陸上トラックがあるだろ」と言った。
「ああ、確かにな」と、私は、観客席とピッチを遮断するように設けられている陸上トラックが目立つ同じ写真を見ながら相槌を打った。
 4年前、私はフランスで日本とクロアチアの試合を観戦したのだが、その試合は、観客席とピッチを長居スタジアムのように遮っている陸上トラックが存在しない、サッカー専用スタジアムで行われていた。この事は前にも記したと思うが、そのおかげで、伸ばせば選手に手が届くかもと思える程に近い距離で試合を観戦出来ていた。
「韓国がポルトガルに勝っただろう」
Kが写真を見る私にそう言った。そうだった、韓国はポルトガルを1―0で破った。二人の退場者を出してしまっては、優勝候補の一翼を担うと見られていたポルトガルでもどうしようもなかったのであろう。決勝ゴールを決めたのは京都パープルサンガで活躍するパクチソン選手だった。私はパクチソン選手があれほど見事なプレーが出来る選手だとは、正直信じられない気分でいた。
「ダイジェストでしか見てないけどさ、パクチソンの決勝ゴールは素晴らしかったよな」と言う私にKは
「西京極とか長居に比べてさ、韓国のスタジアム、羨ましくなかったか」と、ポツリと呟き、続けて「ポルトガルの選手が韓国のサポーター達に押しつぶされたように見えたよ、俺には」と言い、さらには「パクチソンの決勝ゴールは実に素晴らしかったけどさ」と続け「おんなじW杯をさ、陸上トラックがある長居スタジアムの、それもピッチまでかなり遠い位置で観戦したから判るんだけどさ、パクチソンを素晴らしい選手に変えたのとさ、相手国の選手を押しつぶさんかという力を観客に与えることが出来たのはさ、ああいうスタジアムなんだよな」と、考え込みが過ぎるような面持ちで言った。 「ポルトガルに勝ったインチョンっていうスタジアムにはさ、陸上トラックが設けられていたよ」と私が言うと「そうだったんだけどさ、あのポーランドに勝った試合のスタジアムみたいにさ、サッカー専用スタジアムってさ、羨ましいよな」と、言った。Kは余程スタジアムに拘りがあるようだった。無理もない。Kも私も何度か行った事のある京都パープルサンガのホームスタジアムである西京極にも長居スタジアムと同じく、ピッチと観客席の間に陸上トラックが設けられている。そう言えば、パクチソン選手の顔をあれほどまじまじと見た事もなかったのでないだろうか。
 KよりもよくJリーグ観戦に出かける私だが、サッカー専用スタジアムで観戦した試合は、いったい今までに何回あっただろうか。関西のJリーグチームで、陸上トラックのない、サッカー専用スタジアムをホームスタジアムで使用しているチームは皆無ではなかっただろうか。そう言えば、常勝軍団となっているジュビロ磐田と鹿島アントラーズのホームスタジアムはサッカー専用スタジアムであった筈だが、なにか関係があるんだろうか…。
 写真を手に黙り込んでしまった私に向かってKは「で、電話はどうだったんだよ」と、聞いてきたので、気を取り直す意味もあって「無理に決まってんじゃん。ゲット出来たらさ、真っ先に言ってさ、チケット見せびらかしているよ」と、少し大袈裟に喚いてた私に(この後調べたトコロによると、この日本―チュニジア戦の電話販売はたったの13分で終了していたという事が判った。私が公衆電話に取り付いた14時10分には、殆ど売り切れていたという事になる)“そりゃそうだな”という一瞥を加えた後
 「でもよ、しかし、なんであんなにチケット余っていたんだと思う」と、深刻な顔で疑問を提して来た。
「それはだから、あれだろ、販売を担当していたバイロム社の管理ミスだろ」と、私は、いまさら何を言わんやの顔で彼を見て言った。Kは「じゃなくて…」みたいな顔で私を見「俺にはそうは思えないんだ。例えばお前、前にチケットを持たずに来日しているっていうイングランドサポーターの話をしていただろ」
 確かにしていた。その事はここでも書いている(ワールドカップ歓戦記A参照)。しかしそれが何なのさという顔の私にKは「TVとかネットでの発表の通りにさ、海外販売分の売れ残りが出てたっていうのなら、どうしてそのイングランドのサポーターは余っているチケットを購入もせず、日本にやって来てさ、リスクの高いダフ屋なんかに頼るっていうんだよ。おかしいじゃないか」と、言った。
「えっ」
完全に不意を付かれた。彼の言う通りだった。しかし、私もイングランドのサポーター二人を見たのはTVの中だけで、彼らについて、何も判る訳がなかった…。
「確かにお前の言う通りだけどさ、こっちだってTVの中で見ただけだからさ、ホントのトコロはよく判らないよ。イングランドのサポーターは多くてさ、ナイジェリアのサポーターが少なかったってコトはさ、イングランド国内で売られたチケットは完売してたけど、ナイジェリア国内で販売されていたチケットが余っていたっていう事じゃないのかよ」というと、彼は「まっ、そうなんだけどさ」と、疑問があっさり崩れたことに、半ば諦め、半ばもっと深い何かを探すような目をした。続けて何も言わない彼に私は「現実に長居スタジアムに行ってさ、サポーター達を間の当たりにしたそっちは、おかしさを感じたのかよ」と、彼が何を考えているのかを判らないまま聴くと「そんなの聞けるわけないじゃん。あれだけのイングランド人見たのは初めてだしさ、なんて聞きゃいいのかも判らないじゃんかよ」と喚いた。私達は互いの学生時代の英語の成績を思いだして、笑いあった。 「それにフーリガンとかも恐いじゃん」と言う彼に「何じゃそりゃ、疑問があるなら恐れず怯まず直撃して来なきゃさ〜」と言うと「女子高校生に睨まれて、俯いているような奴には言われたくないよな」と、言った。
 頷くしかなかった。高校生に睨まれて下を向いているようななさけなさを誤魔化すために、ファミリーレストランのまずいコーヒーを啜った私は、しかし、彼の言った科白


@「本当に海外販売分は、FIFAやバイロム社の言う通りに余っていたのか」
A「TVで見ただけで、実際にイングランド人の生の声を聞けなかったので何とも言えないのが残念だ
 が、何故彼等は余っている筈のチケットを購入せずに来日したのか」


が、この15日が「日韓両開催国共に決勝トーナメント進出を決める」という素晴らしいメニューを咀嚼した次の日であったにもかかわらず、まるで喉に刺さった小骨のように存在し、私を何時までも満腹感に浸らせてくれないでいた。  きっとそれは、電話販売によるチケットゲットにまたしても失敗してしまったからであると思う。そう、間違ってもこの日、ファミリーレストランで食べた魚料理のせいではない事だけは確かであると思いたい…。(つづく)

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