ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No19
「三位決定戦のチケット、しかし、もういい加減届いてもいいのにな」と、職場で私がTさんの顔を見ながら言うのを見たFさんが「まだ届いてないの、ふ〜ん」と、醒めた目で横槍を入れてきたのは、予選リーグ全試合終了し、いよいよ決勝トーナメントが始まるという日の事であった。前回にも記したように、2002年大会の半分を消化したという時点でもまだ、三位決定戦のチケットは、私の手許に到着していなかった。
 Tさんが私に「『一回僕が、チケットまだ配達されて来ないんですけど…』みたいな電話を入れてみましょか」と言って来た。“チケットの取得代行致します”という広告を出していた例の会社へ、チケットを取得してもらえるように電話で申し込んだのは私であった=ワールドカップ観戦記H〜J参照=が、雑誌(雑誌は私の購入し
たものであったが…)から最初にその広告を見付けてきたのはTさんだった=ワールドカップ観戦記G参照=。
 私は4年前の仏杯でも、チケットで騙されていた。この事は前に述べた=ワールドカップ観戦記C参照=。
 Tさんが言ってきた時、その時の事を思い出していたので“そういえば、あの時と似てるよな、騙されたのかな”という顔になってしまった。
 彼は私の顔を見て不安になったのだろうか。予選リーグ全試合が終了し、いよいよ決勝トーナメントが始まるという日になってもチケットがまだ配達されて来ていないという状態になっているのは、自分が見付けてきた会社のせいであるという事にTさんは申し訳なさを感じているような顔をした。
 言うまでもないが、チケットが配達されていないという状態は、Tさんのせいでは決してない。なのに“自分のせいかも”という責任を感じ始めている彼に向かって「確かにちょっと遅いよな、判った、電話で申し込んだのは俺なんだからさ、明日、朝一番に電話してみるよ」と、言うような事を、私は気にするなという気にもなったから、ちょっと、演説ぶった口調で言った。Tさんはそうして下さいといったが、私の演説口調が可笑しかったのか、暗くなった雰囲気を明るくさせようとしたのかは判然としないが、かく言う私の科白を聞いていたFさんが
「あはは、三位決定戦なんて、まだまだ先の話しなんでしょ。チケット、きっとまだ印刷されてないのよ」と、からかいを込めた口調で言い残し、仕事に戻った。
「そんなワケないでしょ…」と、私の前を立ち去るFさんの背中に喚きながらも、内心、ドキッとは、していた。とうのも、W杯直前に、印刷が間に合っていなかったから、チケットの発送が遅れているというニュースを覚えていたからだ。その原因が、チケットを管理していたバイロム社が、日本語とハングル文字を入力するソフトを所有していなかったのが原因と、新聞で読んだ記憶がある。が、世界的なイベントのチケットの印刷を請け負っている会社が、いくらなんでもそんなアホなミスをするだろうか。信じられない。
 しかし、調べてみると、ここで幾度となく取り上げてきた印刷を請け負っていたバイロム社は社員数10人にも満たない家族企業であるという事が判った。
 何故そんな会社に印刷を発注したのかは大いに疑問だと思ったので、色々調べてみると、バイロム社に行き着く前に、チケット購入のための手続きそのものが、最初から、混乱続きだった事がよく判った。
 2000年の10月1日、チケット一次販売が、郵便局で配布される申込用紙と、インターネットのサイトからという2つの方法で行われる事が決定した。が、しかし、その僅か3日前の9月29日、それは突然延期されてしまった。理由はインターネットによる申込がマシントラブルによって、不可能になってしまったからだった。チケット販売を郵便事業で管理しようとしたのはJAWOC(日本W杯組織委員会)で、インターネットによる申込を実行しようとしたのはFIFAだった。FIFAは郵送による申込が、インターネットの申込に先行して行われる事を許さなかった。結果、JAWOCが準備した、10月1日、郵便局で配布される筈だった2000万枚の“日付入申込用紙”が紙屑と変わった。そしてそれは、それは35000万円とも言われる莫大な損害額を生み出してしまった。
 莫大な損害額が出る事が判っていながら、JAWOCはFIFAに従わざるを得なかった。何故ならW杯を開催するために必要な資金はFIFAがJAWOCへ支給するという形になっているためで、要するに両者の関係は、親分子分の関係と同じだったのだ。
 そして、2001年2月15日、延期された販売は漸く行われたが、この時もインターネットにトラブルが発生。結局、郵便局での“申込用紙”だけが、一次販売の手段となった。2月15日、私も郵便局へ申し込み用紙をもらいにいったが、昼の12時頃に出向いたせいであろうか、局員に「なくなりましたよ」と、微かな笑みを浮かべながら言われてしまったことを思い出した。この申込用紙、チケットではなく、チケットを購入するための誰でも簡単にもらえる筈の申込用紙であったにも拘らず、手に入りにくかった。私もなかなか手に入らなかったのでよく覚えている。その時期、インターネットのオークションサイトで高額により取り引きされているのも見た事がある。買いはしなかったが…。
 そして、この一次販売が始まって2ヵ月が過ぎた2001年4月13日、ISLという会社が経営破綻してしまった。
 この会社はFIFAから、サッカーを開催するに当たって入ってくる収入の管理、オフィシャルスポンサーとの契約、放映権の管理など、要するにマネジメントを委託された会社だったのだが、サッカーだけではなく、テニスの世界選手権、アメリカの自動車レースのマネジメントを行おうとした結果資金繰りに行き詰まり、結果、経営破綻してしまった。その損害額は500億円とも言われている。
 前に記したキルヒメディア=ワールドカップ観戦記L参照=は、ISL社が破綻した事により放映権業務を受継いだ会社だった。
 この多額の損害に加えて、73億4000万円の使途不明金まで出たという。この使途不明金は、FIFAの当時の会長で今も会長を務めるプラッターという人のライバル、UEFA会長のヨハンソン氏が、プラッター氏が次のFIFA会長選挙(2002年開催・プラッター氏再選)で使う隠し資金だと指摘した。
 これのニューが流れ出た2001年5月付けの報道を読んでみると“W杯開催ピンチ”とか“日韓共催大会に赤信号”等という見出しを見付ける事が出来る。現にこの時期に催される筈だった世界クラブ選手権という大会が中止されている。


 もし私がこの時期、ISL破綻の記事を読んでいれば、W杯開催を心配しつつも、結局はちゃんと開催されたから、この事も、ひとつのエピソードくらいにしか思っていなかったかもしれない。しかし、W杯が終わって何ヶ月も経た今、当時の事を思い出そうと、色々調べているうちに、この事を知ったので、何故2/3以上の金を管理している会社が倒産してしまったのにW杯は余裕綽々で開催されたのかという事が頭から離れなくなってしまっている。


「日本が三位決定戦に来たら笑えるな〜」

 グループリーグ全試合が終了し、日本の決勝トーナメント一回戦の相手がトルコだと決定した頃の私が思っていたのは、配達されてこないチケットのコトではなく、そんなのんきな事だった…(つづく)。

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