ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No30
 釜山国際フェリーターミナルを出た我々の車が「ガイドは致しませんが…」と言った、やたらに目の大きいツアーコンダクター(以降TC)が「お客様を三ヶ所のお土産屋さんへ寄った後、ホテルにお連れする」と、乾いた笑みを浮かべながら続けた処の、最初の一つに到着したのは、12時になるかならないかという頃だった。
 今地図を見ると、最初のお土産屋さんがある場所は、釜山市の観光スポットの一つである竜頭山公園下であった事が判る。が、当時は『潜望鏡のような形をしたタワーが突っ立っている変な場所』という印象しか持
たなかった。
 そのタワーもチラッとしか見ていない。何故なら、ついて来て下さいというTCに引っ張られるように、目的地である小さなお土産屋さんへと放り込まれたからだ。
 お土産屋さんは釜山市を案内するガイドブックには必ず掲載されている、一等の観光地側というケッコウな立地条件を有しているにも拘らず、日本の、それも、あまり人気がない観光地だけれど『観光地なんだから(他に誰も店を構えないから…)とりあえず店を出していますっ』と、いった感じ、要するに、何も買う気が起きなくなるというような暗いオーラを漂わせて建っていた。両隣もおみやげ屋さんらしいのだが、シャッターが閉まったままで、どういう訳か、私達の他には誰もおらず、観光地というより、場末といった感じが、辺り一面を覆っていた。
 見上げると、日本に居る時からずっと続いている曇天が、いよいよ低く、濃く「雨の中で、試合を観戦するのか…」という、嫌な思いを沸き上がらせてくれている。開いたままの扉から店内を覗いてみると、アクセサリーやらペンダントやらが雑然と並んでいて、いよいよ気分が暗くなり、入店して何か買おうかという気を思いっきり萎えさせてくれている。というか、もともと何かを買おう等という気なんてさらさらない私、先頭きってさっそうと入店したTCを、今時自動ドアも設けられていない、開いたままのドアの外で立ち尽くしたまま見送っていると、こういう店にはつきものの、あまりにも暇なため、やる気がすっかりなくなってしまったという顔をした女性店員が、私とTさん、それに(横に…)大きい女の子と小さい女の子という日本人4人を明らかに見下した笑顔で「どうぞ、中でゆっくりとご覧になって下さい」と、たどたどしい日本語を使いながら近寄って来た。その娘の隣に立つTCは目をきょろきょろさせてはいるが、無言で私達を見詰めてる。いつの間にか4人の先頭になっていた私、やむを得ずといった感じで勇躍店内へ、視線を感じながらに入ると、もう何年も置きっ放しとしか思えないペンダントやなにやかやが、全て紫水晶製である事に気がついた。
「紫水晶専門の店なんだ」と、別にだからどうだっていう事もなく眺めていると、レジ下のショーウインドウに、縦50a、横20a位の、名前は後から知ったのだが『紫水晶の晶洞』という先っぽが尖った、紫水晶がぎらぎら詰まった隕石のようなものが置かれていて、思わずのけぞってしまった。
 装飾品を売っている店にしては明らかにうらぶれた店構えにしておきながら、こんな馬鹿でかい塊を買う人の来店を、どういう気持ちで期待しているのかと、店を出る時、やる気なさそな女性店員に怒鳴ってみたくなった。
 大きい女の子と小さい女の子(横に…)も、当然何も買わずに店を出てしまうと、TCに後ろから押されるすような勢いで車に乗せられた。扉が閉まり、勢いよくそれが走り出すと、お土産屋さんはあっというまに見えなくなった。
 お土産屋さんが見えなくなっても車内は、店内を覆っていたやる気なさそな空気に包まれいて、それまでに出来上がっていた朗らかな空気が乱れた。TCは目をきょろきょろさせながら「日本人の人件費を削ったり、このように提携しているお土産屋さんを廻りますから、このツアーは普通よりも安いんですね。だから、まっ、文句を言わずについて来て下さい」と、心底申し訳なさそうな顔をして言った。
 一九八〇〇円という、パンスターフェリーで往復する額にも満たない程に安い値段の裏には、お土産屋さんに、ツアー客を連れて行くからという条件で、協賛金(?)を出してもらっているという事があるのだという事を知った。
 あの、やる気なさそに紫水晶を売る店も、いくらか金を出しているのかと思うと、あの店、金を使う処が何処か間違っているんじゃないかと、他人事ながら、思ってしまった。
 ともかくも、ツアーが安い理由を明かした時のTCの笑顔は、この人の人の良さが伝わってくる、かわいい笑顔だったので、車内が再び明るい雰囲気に包まれた。
 またもや車が、対抗10車線はありそうな大道を東へと進み出した。
 TCが笑い終わった頃、続いていた右側もビル群が途切れ、視界が開けたので目をやると、TCが「ここは釜山駅だ」と、教えてくれた。
 私とTさんは、この日の15時に釜山駅を出る韓国版新幹線セマウル号で、三位決定戦観戦のため、大邸へ向かう予定をしていたから、その当りの事、例えばホテルから釜山駅までの道程等を『ガイドはしない』と言ったが「ここが釜山駅です」と教えてくれた、人が良さそうなTCに、聞いてみるとことにした。ひとしきり私達の予定を聞いたTCは
「W杯のチケットを見せて下さい」
と、言ってきた。
「これです」
と言って、何時の頃からだろうか、もう忘れてしまった程に昔から延々続けてきたチケットゲットの挑戦の末、漸く手にした三位決定戦のチケットを差し出した。
 それを、何故か判らないが、まじまじと見詰めたTC「これは良い席ですねぇ。高かったでしょう」と、驚いたというよりも、どういう風に反応したらいいのか判らないといった顔を私に向けた。
 日本の実にいい加減な旅行会社から手に入れたチケットだったが、そういう事は言わずに「そうですが、それ程に良い席ですか」と、無邪気に喜んだ顔をしてみせながら、どうしても疑問だった事をこの人にぶつける事にした。
 それは、ドイツ対パラグアイという、カーン選手とチラヴェルト選手という二大GKが対決する決勝トーナメント一回戦の試合が、42256人収容のスタジアムで開催されたにも拘らず、観客は25000人足らずであった事や、三位決定戦のチケットが、開幕してからも余っていた事など、韓国代表が出場する試合以外はどれもこれも、日本開催分の試合開場とは正反対にガラガラであったのは何故かという、延々チケットゲットの挑戦をしてきた者なら誰もが知りたいコトだと思ったから、気楽に聞いてみると、
「W杯のチケット、日本人には普通かもしれませんが、韓国人には高すぎるんです」
と、TCは応えた。ただ応えたわけじゃない。興ざめするような、悲鳴のような声でTCは応え、そして、落ち込んだ顔をした。
 その声に圧倒され、しばし呆然としながら「そうか、そういう事を全く配慮に入れていなかったな」と、随分にバツの悪さを感じた。しかし、これはちょっと考えればすぐに判る事だった。
 例えば釜山から大邱までの距離を、手許にある地図で調べてみると、約130`ある。これは、京都から岐阜までの距離に当るのだが、先述した韓国版新幹線『セマウル号』で行くと7000ウォンかかる。一見もっともらしい値段だけど、日本円では、たったの700円だ。ちなみに京都駅から新幹線を利用して岐阜まで行けば約5000円かかる。このセマウル号のチケット、インターネット上にあった取得代行会社を利用してゲットしたのだが、セマウル号の往復料金よりも、手数料のほうが数段高かった。
 TCは「日本円は韓国ウォンよりも、10倍価値があります」と、言った。そしてW杯のチケットの値段は、日本人でもちょっと高いとな思える価格だった。
 私のW杯チケットはカテゴリー@で、1枚32000円した。日本円で32000円だ。確かに高価ではあるが、身近にW杯が来る事なんてもう二度とないかもしれないと思っていたから、なんのためらいもなく、買った。がこれが、その10倍の320000万円だったらどうしていただろう。日本国内でも、あれだけのチケット争奪戦が繰り広げられただろうか。
 320000ウォンもするチケットを、あっさり手に入れている人間を眼前にすれば、TCが、どういう反応をしていいのか判らなかったのも無理はないかもしれない。そう考えると、あのやる気なさそに紫水晶を売る店も『日本人は金を持っとるから、何でも買いよんで』ぐらいのコトを思っているのかもと、なんか、ちょっとした嫌悪感を、日本とは正反対の、右側通行である韓国は釜山市を行く車に揺られながら感じた。
 また、この共催は、金銭面から見ると、相当に無理な話じゃなかったのかなということを、考え込まざるをえなかった。
 それにしても、日本なら、いやいや恐らく韓国でも当然の如く。チケット代が320000円であると発表された時「なんじゃそりゃ〜」と、誰かが声を上げたと思うが、そういう報道は全くなかったように思う。ただ、韓国ではチケットが大量に余っているという報道だけがあった。
 それを知って、嬉々として三位決定戦のチケットをゲットした私だったが、韓国の人は観戦したくても高価すぎて諦めていていたという事など知ることもなく過ごしていたというのは…何処かしらで何かが欠けていたような気を、今更ながらしている。
 しかし、チケットの値段をどうするかというような問題は、共催を考える時、一番に上がりそうな重要事項だと思うが、そういう問題が、目立ってされていなかったのは何故だろう…。
 TCは快く私の申し出を受けてくれた。「ホテルから釜山駅まで、送ってあげる」と、優しく言ってくれた。
 別になんのシコリもない顔だった。
 が、そうして暫くすると、例の如くTCは『改めて…』と、いった顔で座り直すと、
「次は眼鏡屋さんに立ち寄ります。眼鏡を作られた場合、日本へは航空便で発送される事になりますので、安心してお買い求め下さい。眼鏡屋さんの二階には、偽ブランド品の店が有りますので、そちらもお楽しみに」と、またまた乾いた笑顔を浮かべてみせた。仕方ないと判っていたし、この人も仕事でやってんだからと、納得はしていた。
 しかし、メガネ屋と偽ブランド品のお店って…いったい…。
良く考えたら、釜山市に着いてから、一度もW杯の、韓国人の盛り上がりを感じていない事に気が付いた。
 我々の車は大通りを離れ、いつの間にか、狭苦しい路地裏を進み出していた。 (つづく)

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