ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No31
 車は狭苦しい路地裏を、もうこれ以上は、といったところまで進み切り、停車した。
 威勢よくライトバンの引戸を開け「さっ、行きましょう」と言うツアーコンダクター(以降TC)を先頭に、我々は、ヒトフタ昔前、昭和30年代の映画に出てくるような、全体を茶系統の色で統一した木造商店が軒を連ねる、幅4〜5bほどの道を歩き出した。道は舗装されている。
 店々には雑多な商品が並んでいる。靴を山のように並べている店、いましがた洗濯機から出したばかりといったシワだらけの衣類を山と積んでいる店(量り売りかもしれない)毛糸玉を、俵積みに積んでいる店もあっ
た。路地がいくつもあり、迷ってしまいそうだ。日本で言えば、東京は上野にあるアメ横といった感じだろうか。が、アメ横とは違い、客とおぼしき人が全然いない。店奥から客寄せのための音楽が流れているわけでもはない。変に静まり返っていて、少々恐い。
 もちろん各店には、それぞれ店員が配置されている。人容はアメ横と同じだ。ひとたび音を発すれば道行く男女を己が店に引き寄せるだけの力を有しているに違いない、ひとくせふたくせなにやかやありそうな男に女、それに、年季の入った老人である。
 そういう人達だが、一人として物音たてず、店先に出している床几に腰をおろしては煙草を吸ったり、将棋を指したりして、観光客とTCという、我々5人を暇そうに眺めていた。
 先頭を切るTCの纏っているグレーのスーツは、通りに全く溶け込んでいなくて、完全に浮いてしまっていた。その事が小さいこの人を一層小さく見せてくれている。
「気の毒なので、視線をあわしたり、姿を見たりしないようにして歩いていました」とは、Tさんが後から言った科白。
 私自身も、この人のよさそうな女性が、ワケの判らない土産物屋を廻るツアーを案内する業務に従事しているという事実が、なんだか無性に悲しかったので、自然、項垂れながら歩いていた。そうして項垂れ歩いた視界の先に広がるアスファルトが、なんだかやけに黄色く見えていた。この日、風はない。曇り空の事は前回書いた。大気がもやっている、というか、正確に表現の仕様がないが、日本でいえば、黄砂が降っている日、という表現が一番近いだろうか。しかし、日本で知る黄砂日よりも、黄色ははるかに濃い。黄土色をした薄膜の中にいるという感じがする。6月29日現在、日本では、黄砂が降るのは終わっているの筈だけど、韓国は日本よりも中国は黄土高原に近いから、黄砂は日常的に降っているのかな、と、思ったりした。
 前方遠くに眼鏡屋さんが現れた。まだ小さい。比較的広い通りに面している。
 乳白色をしたコンクリートと大きなショーウインドウで占められた外壁は、日本でチェーン展開している眼鏡屋そっくりに見える。違うのは、車窓から建ち並ぶビル群を眺めていた時も感じたのだが、外壁に占める、窓やショーウインドーといったガラス部分の割合が日本よりも高いところだろうか。
「しかし、この眼鏡屋…」近付き、その前に立ちながら考え込まざるを得なかった。
 ライトバンを降車して約5分、先述してきた通りを私達は歩いて来た。
 眼鏡屋さんはそんな通りの中でも比較的広い、それも角地に建っていた。それだけに立地条件は、この商店街(と言って良いのか、未だに不明)の中でも、最高の部類に入るであろう。どれだけの眼鏡需要が韓国にあるのかを知らないので、最高の場所に眼鏡店を構えることの良し悪しは、私には判らない。大きさは、並ぶ古ぼけた店々が40坪くらいで、この店は70坪ぐらいだろうか。
 ともかくも古びた、茶色い木造店が軒を連ねる通りの、それらとは全然違う、乳白色、コンクリート製眼鏡屋は、眼鏡を売ってのし上がったは良いが、新しい土地を買う金はないという中途半端な成金が、金を稼いだという事を周りに自慢をしたいという気持だけで建てた店のようで、TCの着ているグレーのスーツが全く似合っていないという事が、悲しさを持って浮いていたのとは対照的に、けばけばしさを、ヘタッピの奏でるヴァイオリンの音色の如く、周囲に異調和だけを撒き散らしていた。
 かくの如き外観を有する店にTCが、先頭を切って入ろうとしたまさにその瞬間、
「お前、どうする、これ買っとくか」
 と、ふいに日本語が耳中に入ってきて驚いた。正確には左耳からである。反射的にそちらへ向いて、のけぞった。
 そこには、眼鏡屋よりもはるかに小さく、並び建つ古びた店達よりもさらに小さい、20坪程の、屋台を改造したような店があった。
 私が驚いた理由である、その店で売っていたものを羅列してみる。
―――韓国代表サッカーユニフォーム・02年W杯韓国代表を率い、チームを大躍進へと導いたフース=ヒディング監督の顔が大写しにプリントされた赤いTシャツ・02年W杯韓国代表ファーストゴールをあげたファン=ソンホン選手がプリントされた赤いTシャツ・代表キャプテンホンミョンボ選手がプリントされた赤いTシャツ・アンジョンファン選手がアメリカ戦でゴールを決めた時に行った、スケートパフォーマンスをしている場面がプリントされた赤いTシャツ・イタリア戦で劇的なゴールをあげたアンジョンファン選手が、指にはめたリングにキスしている場面がプリントされた赤いTシャツ・BeRedsとプリントされた赤いTシャツ。
―――以上、あげたもの他いろいろ赤い何かが、無造作に吊るされ、積上げられて売っている。
 よく見ると、ブラジル代表の黄色いユニフォームもある。そして、よく見なくても、どれもこれもいいかげんな縫製技術と、いいかげんなプリント技術で作られたものであることが判る。
 店には元気の良い叔母さんが日本人を相手にしていた。叔母さんはごつい体に、赤い、BeRedsとプリントされたTシャツを纏い、頭にはこれまたBeRedsとプリントされた赤いスカーフを巻いていた。
 日本人は5人いた。そのうちの3人が青い、日本代表のユニフォームを着ていた。青いユニフォームはしっかりとした縫製で、吊るし、積み売られている赤い物に比べると、随分高価で、そして、何故だか判らないが、お堅いスーツのように見えた。日本代表のユニフォームを見たのも、すごく久しぶりといった感じがしていた。
 そういう店にふらふら近付こうとする私を制するようにTCが日本語で叫んだ。
「こちらですよ」
 5人が一斉にこちらを向いた。一様に怪訝な顔をしていた。彼等には、眼鏡屋に向かう我々はどういう集団に見えたんだろう。
 ともかくも、これが、私が韓国で最初に見たW杯が醸し出す世界だった…。
 私達はそういう光景を横目に、5人の視線を感じながら眼鏡屋へと入らなければならない。
 TCが、竜頭山公園にあったやる気なさそに紫水晶を売る店と同じく、自動ドアではない、ガラス戸を開くと、ドア上にあった装置から、カラカラと、マヌケな音が響き渡った。
 バラバラに立っている店員3名(男一人・女二人)が、一斉に目を向けてきた。が「いらっしゃいませ」とか「どうぞこちらへ」とかいう挨拶を、誰もしない。一人と目が合った、合ったのは男だった、睨まれていた。慌てて目を伏せる『こっちは客なのに…』と、思ったが、恐かったので、思わず足が止まってしまった。そんな私だけならともかく、眼鏡屋に居るのだから、眼鏡を売るために立っている筈の店員にも、不思議なことにTCは目もくれず、ずんずんと店の奥へ進んでしまっている。誰とも目が合っていないから、誰にも睨まれていないであろうTさんと(横に…)大きい女の子と小さい女の子は、さっさと先へ行く。その時、ライトバンを降ろされてからここまで、誰も言を発していないことに気がついた。
 誰もが無言でいたのは、重い空気が私達を包み続けていたという理由からだが、この店内で、それが究極になっていた。重い空気の正体は、もちろんTCがいうところの『偽ブランドショップ』に連れて行かれるという事に対する嫌悪感だったワケだが、そう言ったTC自身も、ここに来るのは嫌だったのだろう。眼鏡屋にいる店員の誰とも口を聞かず、一目散に店奥へと進ことから、それが痛いほどに伝わってきた。
 立ち止まり、そういうことを考えながら、先ゆく4人の後塵を拝しいた私、一瞬、置いていかれそうになって焦った。前を行く4人が店奥で、左に折れていったからだ。慌てて、といっても2〜3歩だけを慌てて行って追いつくと、曲ったすぐそこに扉があった。丸いノブがある、クリーム色をした何処にでもあるドアだった。
 眼鏡屋の最奥、それも、少し曲ったところにあるため、店内外の何処からも見えない場所に設けられているこのドアには、カレンダーが貼ってあった。
 そのカレンダーの題材は、日本人から見ても、韓国人から見ても共通して外人である、鼻が高い金髪の女性のヌードだった…。
【写真は三位決定戦会場前の韓国人サポーター】

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