ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No37
 スタジアム側で、円形を成すイベントブースの入口にいる。
 4年前にフランスはナントで観戦した日本とクロアチアの試合会場周辺にはこういうイベントブースは設けられていなかったので、これもW杯が商業化の波にさらされた結果かもしれないなと思いながら『スタジアム周辺ではオフィシャルパートナーやオフィシャルサプライヤーと呼ばれる、FIFAとスポンサー契約を交わした業者しか、商売をしてはならない』などと、日本で調べたコトのひとつひとつを反芻しながら、中へ進んだ。

 イベントブースのいくつかは、間違いなく、オフィシャルパートナーが建ち上げたモノであった。


「テーハンミングッ ●×※※××〜△☆☆」

 叫び声が、オフィシャルパートナーである清涼飲料水の会社のイベントブースから聞こえてくる。
 赤いジャージに身を纏った高校生くらいの女の子。
 彼女の横で、その子の顔と同じくらいの大きさをしたデジタルが数を伸ばして行く。
 声の大きさを測るゲームのようだった。
 コンパニオンが居て、ハングルで何かを喋ると、笑い声が起こる。
 たいして面白くもなさそうなゲームなうえに、なにを喋っているのかも判らないので、目の前で繰り広げられている現実がは、なんだか夢の中の光景のように思えた。 
 『五十億円とも、六十億円とも言われる大金を出す企業にしては、なんてつまらないゲームを出展しているんだ』と、冷ややかにやり過ごし、目をむけた隣のブースは、夢見ごこちに歩いている私の目を覚まさせるのに充分なシロモノが置かれていた。


 声の大きさを測るゲームが置かれているブースに比べて、少し小さく感じられるそこには、ゲームセンターで時折見かける、グローブを殴って、パンチ力を測る機械とよく似たモノが置かれている。
 違うのは、パンチ力を測るのではなく、キック力を測るための機械であるということだ。
 L字型の、高さ3b・奥行き2b・幅1b弱の大きさを持つそれは、パンチ力を測るための測定器であるグローブが、挑戦者が繰り出したパンチ力を無駄なく測定出来る様にと、平均身長の肩と同じ高さに設置されているのと同じように、挑戦者のキック力を正確に測定できるようにと、足元にグローブが設置されている。


 パンチ力を示すゲーム機の場合、測定器であるグローブを殴った力は、ランプが、垂直に伸びた記録票の何処まで点灯したかで、表現されるコトが多い。
 ランプは時として、怪獣や泥棒であったりして、挑戦者を楽しませてくれる。が、ここ韓国は大邸スタジアム側にあった、キック力を図るゲーム機の、垂直に伸びた測定器には、怪獣や泥棒ではなく、韓国代表選手の顔が貼り付けられていた。
 てっぺんは、イタリア戦でVゴールを決めた安貞桓選手、二番目はキャプテン洪明甫選手、三番目は02年大会韓国代表初ゴールを挙げた黄善洪選手と、今大会、世界を沸かせてくれた選手達。 選手 「サッカーのゲームを楽しむ人々が集まる会場ヨコにあるゲームなんだから、パンチ力ではなく、キック力を測るゲームが置かれていても、判んなくはない。が、そこに選手の顔写真を使うのはどうかと思った。
 日本のどこかにこういうゲームがあったとしても人気が出るのだろうか。
 キック力を測るゲームを、もちろん、挑戦したからには渾身の力を込めて蹴る。キック力に応じて、ランプが上ってゆく。停まったところで 「わ〜い、中村選手までいった」とか「あ〜あ、服部選手しかいかなかった、くやしい〜(関係者には深くお詫びします)」とか「中田選手までなんて、いけるかよ」とか、言いながら盛り上がれるかのな。そういうコトを疑問に思った。似たようなモノとして、日本にはTVゲームがあるけれど、代表選手が、TVゲームと比べれば、随分安っぽく使われている様にしか思えないこのゲームを見ていると、代表選手への接し方が日本と韓国では、違いすぎるという現実に、思わず唸っていた。


「あっ、見てください」
 Tさんが声をかけてきた。
「えっ」と、以上のようなことを考えていたので、彼が横に居るのも気付かなかった。だから、相当に驚いた私の声だったのだが、彼は無視して 「ほら、各国代表のジャージを着た人が並んでいますよ」と、キック力を測るゲーム機に並ぶ列を指差した。見ると、韓国人だらけの中に、小豆色、青、水色といったジャージが、見える。
 小豆色はポルトガル、青はイタリア、水色はウルグアイ代表チームのジャージ。中にはBe Redsと書かれたTシャツにスカーフという、韓国代表サポーターと化した南米人もいる。
『誤審で負けたという事があるかもしれないのに、悔しくないのかよ』みたいな、ニュアンスを込めたのだろう。
「ポルトガルやイタリアは、この赤い人達にやられちゃったのに、良くあんな楽しそうな顔をしてられますね〜、あ〜あ、あれはスペインのジャージだよ」 と、Tさんが、軽蔑に似た声をあげた。
 Be Redsと書かれたTシャツを着た南米人が、ゲーム機の前で笑っている。同じ格好をした連れの男性が、そんな彼女をビデオカメラに収める。その光景を写真に撮った私の右斜め前方に、メガネをかけ、首からカメラをぶら下げたウルグアイ代表チームの水色ジャージを着た男性が笑っていた。
『あらら、外国人が日本人を馬鹿にしたい時に描く漫画の日本人にそっくりじゃん。なんだ、人のフリを馬鹿にしているけど、アンタ達もおんなじようなモノじゃんか』みたいなコトを日本語で、それも心の中で、ウルグアイ代表ジャージに毒づいていると『そういうイメージって結局、ゾロゾロやって来る観光客を馬鹿にしたイメージだよな、という事は、誤審だ、八百長だと、世界中から罵られても、この赤い人達は、わざわざ、観戦したい、カメラを手にゾロゾロやって来たいと思わせる結果をこの大会で示せたんだ』と、言うことが頭をよぎり、そういう存在になった赤い人達に、軽い嫉妬を感じた。


 「ウルグアイは一次リーグで敗退した、って事はあの人達、韓国に一ヶ月も滞在していたのかよ」と、嫉妬している自分がイヤになったので『なんて、ヒマな奴等なんだ』みたいなコトを、TVで見たイングランド人を羨ましがっていた自分は忘れて毒づく私を、またまた軽く無視して、世界中から集まった人が韓国を称えているような光景に疲れたのか「もう、中に入りましょうか」 と、Tさんが言って来た。17時50分。
「そうだな」 と、一言返すと、笑い声と大声を背中に受けながら、スタジアムへ歩を進めた。


 100名はいるであろう、完全武装の警官が二列縦隊で、入場者を威圧している。
 あちらこちらに建っている座席案内看板の格好は、この5年前、ソウルで見たのと同じであったのだが、ソウルの看板はハングル表記しかされていなかったので、外国人の私には全く解読不可能なシロモノであったのだが、今回のは世界からやって来るサポーターを意識したのだろう、英語表記もしてあった。それでも迷う私をヨソに「こちらですね」とTさんスタスタ。後を付いて行くと、鞄は開けられたが、金属探知器もボディチェックもされず、ボランティアとおぼしき女性に差し出すチケットをもぎられ中へ進む。
 5年前に行った、ソウルのチャムシルスタジアムは、検札場所から暗く狭い中を何分か歩いてスタンドへ出るという構造だったのだが、ここはゲートを抜けるとすぐにスタンドだったので、少々驚いた。
 大邱市が発行するパンフレットによれば、この総収容人員8万人を越えるスタジアムは、事件・事故その他、コトが起きたらば、僅か15分で全員が避難できるように設計されているとある。確かに、要塞のようなスタジアムより、すぐ避難できるスタジアムの方が観客には優しい配慮だと思った。



 午後6時03分、カテゴリーAの席に就いた。メインスタンドほぼ中央。サッカー専用スタジアムではないので、陸上トラックが観客席とピッチを遠ざけているのだが、同じく8万人収容、陸上トラック付の長居スタジアムに比べると、ピッチまでの距離が非常に近い。
「これなら、観戦しやすそうだな」 と、Tさんに目をやると、彼はピッチではなく、観客席に目を向けて「なんか、ガラガラですね」と、言った。
 見渡すと、確かにバックスタンドはガラガラで、我々の周りも同じくだった。
「あそこだけはすごいですけどね」と、Tさんが指差すのは、向かって右ゴール裏。呆れるほどに真っ赤に染まっている。
 不思議なもので、私の座席からそこまで、恐らくは200以上bは離れている筈なのに『リーダーはこいつだ』と、ハッキリ判る。メガネをかけた小太りの男。
 判った理由を釈然としないまま、そいつと仲間達をイベントブースにおいて、大声を測るゲームを見ていた時と同じように、夢の中の光景を見ているような気分で見ていると、突然スタジアムが揺れた。
 Tシャツ姿の韓国代表選手が現れたのである。6時18分。恐らくはアップを兼ねたグランドコンディショ
ンチェックでもと、出てきたのだろうが、アップを始めた場所が、ちょうど、小太りメガネ男を中心に真っ赤に染まるゴール裏であったコト、出てきた選手が勝負服であるジャージではなくTシャツを着ていたコト等から、
まるで場を盛り上げるため、前座が登場して来たような感じだった。

“チャンッ、チャンッ、キーン”

 言葉にするとこんな感じの音がする銅鑼を、小太りメガネが叩くと、回りを固める太鼓部隊が、調子を合わせる。赤い人達の身体と身体が一定のリズムで揺れている。横揺れ、縦揺れ、そして、


『テーハンミングッ』


 真っ赤なゴール裏から、ウェーブが回り出した。右回り。我々の席までやって来た。思わずやった。なんだか無性に恥ずかしい。
ガラガラのせいで、少々みずぼらしいウェーブが再び真っ赤なゴール裏に達する。それを待っていたかのように出来たキレイな人文字。ハングルで書かれてあるため、なんて書いてあるのかはさっぱりだったが、赤い背景に浮かぶハングルの白い単純な線は、ときめくほどの感動があった。


『テーハンミングッ』


 Tシャツ姿の選手が去っても、声援は鳴り止まない。6時33分。

 ガラガラだった観客席が少しずつ赤くなる。我々の周りも、赤い人で埋まって来た。
 繰り返される


『テーハンミングッ』


「いよいよですね」
   Tさんが震える。
 時計の針が5分進んだ。
 現在6時38分(つづく)。    

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