ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No39
 最初に声を挙げたのは、私の隣に座るカメラ男だった。
「うっわっ〜。これ程早いゴールシーンなんて、いままでなかったんじゃないかい〜」
 いったい誰に喋っているのか。独り言にしてはやたら大きい声だったので、隣に座っているからと、振り向いてみたが、手にする巨大なレンズが付いたカメラのファインダーから視線を外もせず、カメラが大きいからではないだろうが、やたらと大きいシャッター音を響かせている。
 カメラの先に、韓国代表キャプテン洪明甫がいる。
 今大会で代表引退を表明しているキャプテンは、自
らのトラップミスによってゴールインしたボールをGK李雲在がセンターサークルへ投げるのを憮然とした表情で眺めていた。
「いや〜しかし、これで面白くなりますよ」

 今度はファインダーから視線を外したカメラ男が満面の笑みを向けてきた。
 隣に座っているから仕方なく「そっ、そうですか」と、とりあえずは晒した友好的な外面の、約15l位を使って『別に貴方の解説なんて聞きたくありませんよ』みたいな顔をしてみたのだが、彼は気にもせず 「この一点は日本がトルコに与えた一点と同じように、自らのミスによって与えてしまった、いわば、プレゼントみたいなもんです。残念ながら日本はプレゼントのお返しを受け取らぬまま、敗れちゃいましたが…」 と、一呼吸置き
「さて、韓国はどうでしょう」 と、挑戦的な視線を、僅か一分かそこら前と同じくセンターサークルにボールを置いて笛を待つ安貞桓と朴智星に向けた。
 3分。センターサークルから韓国陣へ10b、バックスタンドタッチライン際で韓国ファール。フリーキックを蹴るのはトルコ右SBのエルギュン。
 ファーサイドに流れたボールはGK李雲在がキャッチ。


「さぁ、カウンターですよ」
 カメラマンが笑いながら喋る。
 いちいち煩いが、その通りにGK李雲在からのパスを受けた韓国左SHの李乙容はセンターサークル付近までドリブルで持ち込み、韓国自慢のスリートップ左を務める李天秀へ。
 素早い加速で見事に左サイドをゴールライン近くまでえぐり、センタリングまでは見事なカウンターだった。が、中でボールを受けるはずの選手、安貞桓・朴智星・薜g鉉の誰一人走り込んでおらず、トルコGKルストゥが難なくキャッチした。
「あ〜、駄目ですね〜」
 カメラ男が言う。Tさんは彼を見ようともしない。知らないふりというより、彼を“いない者”として扱っている。カメラ男のむこう側にいる日本人も同じくである。ために、自然隣に座る私が相手をするしかなくなっていた。まぁ別に相手をしなくてもいいんだが、先程、KOREAではなくCOREAと表示している理由を教えてもらった手前『聞き役に徹するしかない』と思ったので仕方なく「はぁ〜っ」とマヌケな返事をすると今度はファインダーを覗きながら「トルコの選手もそうですが、韓国の選手にも相当疲れが見えます。あの展開でゴール前に詰めていないってコトは、ここまでの勝ち上りを支えて来た最大の武器を出せていないってコトですから」 と、言った。


 GKルストゥがボールを前線へ。これが見事FWハカン=シュキュルまで通る。彼ともうひとりのFWイルハンとMFバストゥルクによるドリブルとパス回しで、韓国DF陣を破ろうとするが、左DF李敏成に奪われる。
 李敏成が奪ったボールは右SHの宋鐘国へ。宋鐘国、MF朴智星と二人で右サイドを破り、3トップの右を務める薜鉉へ。マークするトルコ右SBエルギュンをワンステップで抜いた彼は左の李天秀と同じくサイドを、ゴールライン側まで深くえぐってセンタリング。ファーサイドまで抜けていったボールをペナルティーエリアに入るかはいらないかの位置で受けた李乙容が、ダイレクトで蹴ったシュートはゴールマウスを大きく越えた。前半4分、韓国最初のシュートだった。


 前半5分、ボールを受けたトルコ右SBファティフが、自陣深くから前線へロングパス、が、長過ぎて韓国DF洪明甫がカット。が、カットすると同時に、トルコFWイルハン、洪明甫にミスを誘って先制点を奪うきっかけとなった素早いプレッシャーを見舞う。たまらず洪明甫、GK李雲秀へ。ダイレクトで蹴り出されたそれはトルコFWハカン=シュキュルへのパスになってしまった。ハカン・シュキュルはMFバストゥルクとのワンツーで突破を狙うが、バストゥルクは洪明甫のファールを受ける。
 トルコフリーキック。


 バストゥルク・ユミト=ダバラと繋いだボールをエムレがシュート。が、ゴール左に外れた。
 トルコのDF陣へのプレッシャーに押されっぱなしの韓国だったが、このプレーの後から、前線の安貞桓・李天秀・薜g鉉・朴智星等が、トルコDFにトルコの前線と同じくプレッシャーを与え始めた。
 そして8分。トルコ陣内ペナルティーエリアから10bの位置で韓国右SH宋鐘国がスローイン。ボールを受けた安貞桓から薜鉉へのパスはトルコがカット。が、薜鉉は諦めない。奪った相手、エムレにプレッシャーを加える。エムレたまらず、フォローに来ていたエルギュンへ。エルギュンがクリアしようと蹴ったボールは、さらにプレッシャーを加えようと走り込んで来た安貞桓に当たり、トルコペナルティーアーク上空に高くあがる。突っ込んできた身長175aの朴智星は、平均身長180aを越えるトルコDF陣に競り勝った。ボールが落ちた先に走り込んで来た宋鐘国はフリーだった。
 背後からの危険なタックルが彼を見舞う。
 一際高い罵声がスタジアムを包む。イエローカードも出されなかったプレーが、レッドカードを思わせるファールに見えたのは会場を包む雰囲気のせいだろう。
 フリーキックを蹴るポジションに立つのは李乙容。短いステップから蹴りだされたボールはGKルストゥの守るゴール左上隅を捉えた。
 トルコ1―韓国1。
 視界が暗くなる、足元が揺れいる。
 座って観戦していた全ての人が立ち上がり、ピッチまでの視界を遮ってしまったからだ。
「つえ〜っ」
 思わずもらしていた。Tさんは呆けた顔をさらしている。私も同じようなものだったに違いない。カメラ男はどんな顔をしていたのか、見もしなかった。
 轟きわたる


「テーハンミングッ」。


 あまりに早過ぎたトルコの先制点により、俎板に載せられた鯉状態だったレッドでビルズの面々が、水を得た魚のように、太鼓を叩き、銅鑼を鳴らして会場の雰囲気をリードする。


 韓国両SH宋鐘国と李乙容のふたりは、ファールを得た走り込みと、フリーキックを奪った同点ゴールで得た勢いそのままに、サイド攻撃にリズムを付けている。前線からのプレッシャーも効いている。
 11分。前線右サイドでボールを奪ったのはフリーキックを決めた李乙容。託されたのは李天秀。そのまま持ち込み、ペナルティーアークで振り抜く右足。惜しくもGKの正面。それでも彼の手をはじいたボールはトルコDFがクリア。が、短い。再びボールを受けたのは李乙容。いったん後方へ。今度は右サイドから攻め込む。安貞桓への楔のパスを右で受けたのは、先程、左から切り込みシュートを打ったばかりの李天秀。ボランチの李栄杓へ。彼からポジションチェンジにより左サイドに張っていた薜g鉉へのパスが僅かにそれて、トルコが奪う。
 そのまま始まるトルコの攻撃。カットした右SBのファティフは右MFのユミト=ダバラへ。日本を沈めたモヒカン頭は中央で待つバストゥルクへ。プレッシャーをかけるのは朴智星と李乙容。少し早かった朴智星のタックルを受けて、もつれ、倒れこむバストゥルクの足が、遅れてやって来た李乙容の足を絡め取ることになった。走り込んで来た李乙容はその勢いのまま仰向けに、転がるように倒れ込んだ。ルーズボールが転がる。が、ファールの笛を期待したのか、さらに集まって来ていた韓国人MF達は、最終ラインを構成するDFとの間に大きなスペースを空けたまま、足を止めた。
 トルコMFエムレは、トップスピードのまま、足が止まった韓国選手の間をボールとともにすり抜けて行く。20b程をドリブルで持ち込むと、前線へスルーパス。がら空きの右サイドでFWイルハンがボールを受ける。追いついてくるのはもうひとりのFWハカン=シュキュル。守る韓国DFは僅かにふたり。中央に切れ込むイルハンに釣られ、更に広がる右サイド。そこへハカンシュキュルが飛び込んだのを見届けるや、イルハンはハカン=シュキュルとのワンツーパスを仕掛ける。イルハンからの最初のパスでDF一人とGKが綺麗に置いていかれると、最早ゴール前でFW二人対DFひとり。リターンパスを受けたイルハンが全くのフリーで放ったシュートが、がら空きのゴールから外れるわけもなく、
トルコ2―韓国1


 再び静まり返るスタジアム。まだ前半の14分。 が、先取点を奪われた時と違うのは、静まりが一瞬であったというコト。
 全く止まない


「テーハンミングッ」。


 自分達のチームを信じきっている、そういう姿勢が、びしびし伝わってくる。
 会場の雰囲気が徹底的に繰り返されるサイド攻撃に凄みを与える。
 20分、中盤でボールを奪った韓国がペナルティーエリア付近で待つ安貞桓にボールを預ける。
 一回、二回と切り替えしてからの見事なシュートは、GKルストゥが弾き出す。
 しっかり枠に飛んでいる。
 26分、朴智星から安貞桓へのスルーパスは数aの差でGKが押さえた。徹底的に韓国ペース。

「こんなに強かったんですね〜」
 思わずカメラ男に呟いてしまっていた。が、何も言って来ない。
 その強さとスタンドに呆れだした31分、トルコ、ルストゥのゴールキックがハカン=シュキュルへ。ハカン=シュキュル、3人に囲まれながらもボールをイルハンへ落とす。イルハン、再びハカン=シュキュルとのワンツーを試みると、3人に囲まれているにも拘らず、これがあっさり成功。フリーでボールを受けたイルハンは、飛び出してきたGKをループシュートで交わして、 トルコ3―韓国1


 その後も韓国のサイド攻撃とトルコのカウンターが続きロスタイム、薜g鉉のロングシュートがゴール左にそれ、忙しすぎる前半が終了した。


「なんて疲れる試合だ」と、試合前、トルコを応援しようかななんて考えてたコトはとうに忘れて『ディフェンスはボロボロだけど、韓国の徹底したサイド攻撃の力強さと3点も取られたのに、全く応援の声を緩めないスタンドの力強さに打ちのめされた前半だった』という意味を込めて独りごこちした私の声に反応したカメラ男は「誤審だ誤審だと喚いて、韓国の躍進に水を差すような輩に見せてやりたいですね」と、ロッカールームに戻る選手に向けていたカメラを降ろしながら言った。
『それはどういう意味か』みたいな顔で彼を見ると、ポケットからメモを取り出し
「韓国は決勝トーナメント一回戦で日本がトルコに向けて放ったシュートの合計に、前半だけで並んでしまいました」と、何故か、挑戦的な笑みを浮かべてみせた…(つづく)。    

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