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2018年1月11日

TODAY NEWS

南山城初!縄文時代晩期の集落
城陽市「小樋尻遺跡」

竪穴住居22棟など人々の営みが



 市域全体が遺跡のようなまちと称される城陽市で10日、「小樋尻遺跡」(城陽市富野東田部)の発掘調査結果が現地で発表された。「大したものは出てこないのでは」と事前の見立てに反して、南山城地方では初めてという「縄文時代晩期」(2300年〜3000年前)の竪穴住居址(あと)が見つかった。住居址は、奈良時代に至るまでおよそ1200年間に及ぶ長期間、ここが集落であったことを裏付けた。

 新名神高速道路大津〜城陽間建設(2023年春完工予定)に伴い、現消防庁舎は現在地から南約160bの敷地9800平方bに移転が決まっているが、新庁舎建設予定地が「小樋尻遺跡」の一部にあたることから、城陽市教育委員会が、昨年7月から発掘調査を行っていたもの。
 現地から東へ約1`に位置する芝山丘陵地では、飛鳥時代から平安時代にかけての大規模な集落を中心とした複合遺跡「芝山遺跡」があり、同じ丘陵地には古墳時代前期の前方後円墳2基からなる「梅の子古墳群」や、5世紀後半から6世紀後半の方墳や円墳が多く確認されている「芝山古墳群」がある。また小樋尻遺跡西側には、縄文時代の流路や弥生時代の集落、古墳時代の流路、飛鳥時代や平安時代の建物址、中世の島畑(周辺に比べやや高い位置にある水田を開墾する際に、導水できる高さまで土地を掘り下げた際に出る残土を水田の中に積み上げ、畑として利用していた)などが見つかっている。
 「小樋尻遺跡」は、1996(平成8)年3月に実施された分布調査により、その存在が確認されたもので、その規模は東西約1100b、南北約320b。これまでに飛鳥時代の土器や区画溝などが見つかっている。本格的な調査は初めてで、調査対象面積は3500平方b。
 発掘調査の結果@縄文時代晩期(2300〜3000年前)の竪穴建物2棟、埋甕(墓)1ヵ所、土坑1基など集落址A古墳時代前期(3世紀)の集落(竪穴建物13棟、掘立柱建物1棟、溝1条)B古墳時代後期(6世紀)の集落(竪穴建物7棟、溝2条)C飛鳥時代(7世紀)の集落(竪穴建物2棟)D奈良時代(8世紀)の集落(溝2条、柵列1条、柱穴群)E中世の島畑、区画溝8条、井戸1基ーが確認された。
 こうした発掘成果から市教委は、「縄文時代晩期から奈良時代にかけて、集落が営まれていた。とりわけ縄文時代晩期の集落が確認されたのは初めて。しかし奈良時代以後は集落が確認されておらず、現在に至るまで耕作地として利用されてきたことがうかがえる」と話している。
 なお市教委は現地説明会を1月13日(土)午後1時から3時まで行う。現地は、城陽市消防本部から南へ約160b。近くに消防本部駐車場(訓練塔)が若干あるものの、近鉄寺田駅及びJR城陽駅から、城陽さんさんバスに乗り「保健センター前」で下車、歩いて5分の所。小雨決行。【藤本博】
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